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スマホを開けば、刺激的な動画や意見、AIが作ったコンテンツが次々と流れてきます。
正確かどうかよりも、「目を引くかどうか」が優先される時代です。
その一方で、地道な取材と事実確認を積み重ねたニュースが届きにくくなっています。「どうすればニュースを若い世代に届けられるのか」――これは今、多くの報道機関が直面している切実な悩みです。
そこで今回、メディア学科などで学ぶ大学生125人と現役の新聞記者が本音で語り合う座談会を開きました。大学生の皆さんには、LINEのオープンチャットで意見を寄せてもらいながらの60分。大学生の「ニュースに対する価値観」とは?ニュースを伝える側と受け取る側のギャップはどれほど深い?伝える側はどうすればいい?尽きない議論の一端をリポートします。
◇登壇者
元村 有希子さん(ジャーナリスト、毎日新聞社客員編集委員、同志社大学特別客員教授)
毎日新聞記者として科学報道の第一線で活躍。現在はサイエンスコミュニケーション分野の研究や教育に携わっている。
沢 伸也さん(朝日新聞記者)
調査報道一筋23年、数多くのスクープを放つ。就活中、付き合っていた女性に「マスコミに内定もらえたら尊敬する」と言われたのが入社のきっかけ。
▷日本郵便による不当に高額な違約金や不適切点呼をめぐる一連の特報で新聞協会賞を受賞。
濱田 朝子さん(信濃毎日新聞記者)
東京から信州大学に進学し、長野県が好きに。大学時代に信濃毎日新聞の女性記者から取材を受けたことがあり、その生き生きとした働き方に憧れたのが入社のきっかけ。
▷長野県石油商業組合「ガソリン価格カルテル疑惑」を巡る一連のスクープで新聞協会賞を受賞。
田邊 紗良さん(立教大学3年生)
社会学部メディア社会学科所属。LINEニュースを見て、気になるトピックがあればYouTubeで報道各社のニュース番組をチェックする。新聞はあまり読まない。
津田 凜太郎さん(上智大学3年生)
文学部新聞学科所属。学生新聞「キャンパス・スコープ」編集長。「正確性が高い」という理由で、新聞やテレビを主な情報源として活用している。
集まったメディア学科の大学生のうち、新聞を読んでいる人は44%

元村さん:会場にいる大学生の皆さんに、新聞を読んでいるかどうかについて4択で答えてもらいました。結果を見ると、紙、デジタルいずれかの方法で新聞を読んでいる方が4割以上いるようです。この会場にいるのはメディア学科の学生さんばかりなので、一般的な大学生の実態よりもかなり高い数字が出ている印象ですね。
ちなみに私は紙、デジタル両方で読んでいます。やはり新聞は紙をめくってなんぼという思いも強いです。ただ、普段学生の方と接していると「新聞ってどこで買うんですか」と聞かれることもしばしば。新聞はかなり縁遠い存在になってしまっています。
関連記事:新聞ってどんなメディア?どこで買える?新聞の種類を比較|読み方のコツも解説
学生の本音は「無料のネットニュースで十分」

田邊さん:私の周りに新聞を読んでいる人は正直見当たりません…一人暮らしはもちろん、実家暮らしでも新聞を取っていない人がほとんどです。ネットでは無料でニュースを読めるので、お金を出してまで新聞を読もうとはならないし、優先順位はかなり低いです。

津田さん:お金を払ってまで情報を得たいと思う学生は非常に少なくなっていると思います。SNSは無料だし速報性にも優れているので、たとえ正確性が低くても気にせず利用する人は多いです。

「これなら読みたい!」大学生のリアルボイスとアイデア

元村さん:こうした状況でどうやってニュースを届ければよいのか、新聞社はとても悩んでいます。もしあなたがニュースの発信者だったら、どうやって若い世代にニュースを届けますか?会場の大学生の皆さん、アイデアを聞かせてください。
「デジタルでの発信を強化する」
◇デジタル活用のアイデア
・紙面にではなくデジタルに力を入れるべき。例えばInstagramの投稿などでニュースをあげる(まえだ・3年生)
・ビジュアルで今旬のニュースをわかりやすく解説する記事をインスタやXなどのSNSで発信(りり・3年生)
・デジタルでしか読めない記事を書き、新聞と差別化する(うさぎ・4年生)
・新聞にQRコードをつけて、詳しい説明をしている映像をつける(ちゃまる・3年生)
・スマホで見やすいレイアウトを意識する(たかはし)
・記事にリンクをつけて、今お話されているような裏話も見れるようにする(おか・2年生)
※かっこ内はオープンチャットの登録名と学年

元村さん:やはりデジタルでの発信を強化してほしいという意見が多いですね。

田邊さん:私もデジタルならもっと読みたいんですけど、よく「ここから先は有料」となっていて冒頭しか読めないことが多いですよね。「続きが読めないならもういいや」ってなっちゃう学生は多いんじゃないですかね。

津田さん:私も紙の新聞にこだわらず、デジタルや動画など、さまざまな形で発信していった方が良いと思います。世論調査をみると、一番信頼できるメディアに「新聞」を挙げる人はまだ多いです。信頼性の高い新聞社の情報をデジタルでも読みたいと思う人はまだいるはず。
◇音声や動画の活用に関するアイデア
・オーディブルのような音声記事(りょう・4年生)
・通学時などに流し聞きできる音声ニュースとして配信する(なつき・3年生)
・ラジオでの情報発信を試みる(ほに)
・新聞記者がYouTubeで解説する(さとう・3年生)

元村さん:YouTubeで解説してほしいという意見もありますね。YouTubeやポッドキャストで記者が解説する試みは多くの社がやっていると思いますが、学生には届いていないのかもしれません。
関連記事:新聞社の音声コンテンツ一覧 / 新聞社の動画コンテンツ一覧
「学生向けの料金を設定する」
◇購読料金の多様化に関する意見
・購読料が学生にとって高すぎる。メディア志望じゃない限り読まない(りり・3年生)
・有料の情報は、情報がただで大量に手に入る時代に若者には届きにくい。無料コンテンツに若者向けを有料は中高年というすみ分けをはっきりさせる(なかむら・3年生)
・学割サービスを提供する。年齢に応じて無料〜安価で購読してもらう(SO・3年生)
・年代に合わせて購読料に傾斜をつけ、若い人が安く気軽に購読できるようにする(ねこ)
・見たいニュース1つから安価で買えるようにする(やまだ・3年生)
・新聞紙が大きいし多くて読みづらいって人もいると思うので、1面記事だけの新聞紙を今よりも安い値段で販売する(タケナカ)
・2面で月額700円くらいの価格帯でミニ新聞を作る(たかはし)

元村さん:購読料を安くしてほしいという意見も多いですね。この部分はなかなか難しいところ。報道には人手やコストがかかりますが、その取材費をどう捻出するか。特に調査報道がないと、埋もれている社会問題が誰も知らないまま放置されかねない。
新聞社の収入の柱は今も紙の新聞の購読料で、有料デジタル版を新たな収入源として育てようと各社が試行錯誤しています。新聞社からみると、ネットに無料でニュースを出し続けるのは持続可能性がありません。ただ、田邊さんが言うように「ここから先は有料」と表示されると萎えてしまうのも事実。ちなみに学割については、実施している社も多いと思うのでぜひ調べてみてください。大学によっては学生向けに無料で読めるデータベースを整えているところもあると思います。
文体の硬さもハードル「もっとくだけた言葉で」
◇新聞の硬いイメージを和らげるアイデア
・文字を可愛くする(けん・3年生)
・もっとくだけた言葉で読みたい(きのこ・4年生)
・モダンなデザインで「読んだり持ち歩いたりするのがおしゃれ」と思わせるような流れを作る(ゆ・4年生)
・現代風のレイアウト新聞を作る(おしゃれなチラシのような)(すなぎも・3年生)
・絵とか写真を入れ込んで若者が読みやすい文章にする(ぬの・3年生)
・新聞紙に香りをつけてみる(R)

元村さん:モダンなデザインにするというアイデアも出ていますね。確かに外国の新聞はフランスパンやお花を包んで持ち歩いても映えますが、日本の新聞で包むと微妙な感じがする(笑)。
日頃接している学生からも「もっと砕けた言葉で読みたい」という声はよく聞きます。ただ、記者が砕けた言葉で原稿を書いても、デスク(原稿をチェックする責任者)に修正されてしまうんじゃないですか?

濱田さん:そうですね…そこは難しいところですよね。

元村さん:「新聞に香りをつける」という斬新な回答もありますね。私は新聞のインクの匂いが好きなんですが、このアイデア、どうでしょう。
トレーラー映像、オープンデータ活用…新聞社の伝える工夫

元村さん:ここで、記者のお2人にもニュースを発信する立場として、どんな工夫をされているかお聞きします。

沢記者:ニュースを出す前に予告動画を公開しています。ネットフリックスのトレーラー映像のようなテイストにして、普段ニュースにあまり触れない人にも「なんか面白そう」「ちょっと読んでみようかな」と思ってもらえるよう意識しました。
▽日本郵便違約金問題の予告動画
関心が無い人にいきなり長文の記事を読んでもらうのはハードルが高いと思うので、エンタメのような見せ方を取り入れて、少しでも入り口を広げられたらと思っています。また、記者自身がニュースを解説する動画も積極的に発信しています。
▽沢記者の解説動画
▽日本郵便をめぐる一連の報道の舞台裏を語った沢記者と元村さんの対談記事はこちら
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違法ではない。でも、苦しんでいる人がいる――朝日新聞・沢記者が語る“報じる勇気”

濱田記者:私が担当したガソリン価格カルテル問題の報道では、どうしても「長野県だけの問題」と捉えられがちでした。なので全国の人にも関心を持ってもらおうと、資源エネルギー庁のオープンデータをグラフィック化してサイトで公開しました。
レギュラーガソリン卸価格と小売価格、都道府県別の関係性を可視化 長野県は突出した位置に|信濃毎日新聞デジタル 信州・長野県のニュースサイト
カーソルを合わせると47都道府県全てのガソリンの卸価格と小売価格の関係性がチェックできます。自分の地域はどうなんだろうと思った他地域の方に、グラフィックで分かりやすく示せたらという思いで、統計に詳しい同僚の助言を得て作成しました。
▽長野県のガソリン価格カルテル問題報道の舞台裏を語った濱田記者と元村さんの対談記事はこちら
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「なぜかガソリンが日本一高い長野県」信濃毎日新聞・濱田記者がその謎を解くまで
「明るいニュースを前面に出す」のはいいこと?新聞が「不快な現実」を伝える理由
◇記事のメニューや伝え方に関する意見
・双方向的なコンテンツ(なかむら・3年生)
・若者向けの特集ページを毎日1枚だけでも入れ込む(ぬの・3年生)
・一連のスクープ報道の記事をセットにして売る(AN)
・若者の「推し」「オタク」文化を生かし、自分の好きなキャラクターなどなら追いかける習性を活かす(える・3年生)
・トレンドニュースを取り入れる、アニメとのコラボ記事など欲しい(ゆい・3年生)
・利用者にとって良いニュースを全面に打ち出す。悪いニュースは付随する形で読んでもらう(たつや・4年生)

元村さん:「悪いニュースは付随する形で読んでもらう」という意見も寄せられていますね。これは良いニュースや心が温まるニュースを前面に打ち出し、不愉快になるようなニュースは付随させる形で読んでもらうということだと思いますが、この意見について現役記者としてどう感じられますか。

沢記者:自分の見たいものだけ読みたいという意見はよくあります。ただ、見たくないニュースも目に入ってくる新聞の一覧性は、自分の幅を広げることにつながると思います。SNSや動画サイトではアルゴリズムによって自分の興味関心があるものばかり表示されますが、それだけだと偏ってしまいますよね。

元村さん:「新聞は1面から悪いニュースが続くので気が滅入る」とはよく言われますよね。でも、私は新聞は社会のありのままの姿を伝える「鏡」のようなメディアだと思っています。もし、気が滅入るような出来事が社会で起こっているのであれば、それを誰かが伝えなければ状況は改善されません。悪いニュースも伝える必要がある、というのが新聞のスタンスです。

最後にこれだけは言いたい!

元村さん:大学生の皆さんがこんなにもたくさんのアイデアを考えてくれたということ自体、とても励まされる気持ちになりました。じゃあ最後に皆さんに一言ずついただいて、この場を締めたいと思います。津田さんからどうぞ!

津田さん:「新聞に匂いをつける」などのアイデアも出ていましたが、そういう表面的なテクニックよりも、情報の受け手側の意識をどう変えるかという観点の方がメディアにとって重要ではないでしょうか。情報リテラシーがないと、誰かに世論操作されるかもしれないし、偽情報に左右されるかもしれない。だったらちゃんと裏取りされている情報を見ようよ、そう伝える方が本質的だと思いました。

田邊さん:今年の参議院選挙では若者向けに情報発信しているメディアも多く、政治に興味を持つ同世代が増えたように感じます。政治に関する情報を知りたい若者は多いと思うので、新聞も学割を設定したり、大学や学校に無償提供したりすれば、広がっていくきっかけになるのではないでしょうか。

沢記者:先ほど言い忘れましたが、最近はショート動画も積極的に発信しています。電車の中でもパッと見られる形を意識しています。新聞は今、変革期の真っただ中で、新しい表現にもどんどんトライしている状況ですが、コンテンツの質が最も大事であることは今後も変わりません。中身の質を第一条件にしつつ、時代に合った伝え方を磨いていければと思います。

濱田記者:以前、他社の記者の方が言っていてなるほどと思ったのですが、取材の成果だけでなく、その過程や、報道する側の葛藤も伝えていくことが、信頼につながるのではないかと思います。取材のプロセスを丁寧に示していくことが、結果としてニュースにお金を払っていただく理由にもなっていくのではないでしょうか。

(2025年10月15日、新聞大会でのトークセッションを基に構成)
▽この記事は3回シリーズです。ほかの2本はこちらから
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「なぜかガソリンが日本一高い長野県」信濃毎日新聞・濱田記者がその謎を解くまで


