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「荷物がたばこ臭い」と苦情が入ったら10万円、誤配達は5000~3万円、無断で宅配ボックスに配達したら3万円――。
日本郵便が配達委託先の業者に高い違約金を課している実態をつかんだ朝日新聞の沢伸也記者。最初に湧いた疑問はこうでした。「配達ドライバーの収入は荷物1個当たり百数十円。生活が成り立たなくなるほど高額な罰金を課すのは“下請けいじめ”ではないか?」
配達を請け負う業者やドライバーが苦しんでいる現状を明らかにし、続報では郵便局が安全運行のためのドライバーの点呼をなおざりにしていた実態を突き止め2025年度新聞協会賞を受賞した沢記者が、取材の舞台裏を語りました。聞き手はジャーナリストの元村有希子さんです。
▽沢記者の受賞報道の概要はこちらから
日本郵便による不当に高額な違約金や不適切点呼をめぐる一連の特報
「罰金取られている」居酒屋で意気投合した人の愚痴が取材のきっかけ
元村さん:普段私たちの目にするニュースが、具体的にどのような取材過程を経て発信されているかについては、あまり知られていない面もあると思います。今回は調査報道のベテランで、スクープを連発している沢記者に、取材の舞台裏を聞きます。日本郵便をめぐる報道の最初のきっかけって何だったんですか。
沢記者:きっかけは居酒屋のオーナーの愚痴です。この時は別テーマの取材で、そのお店を訪れていました。そこで図らずもお店のオーナーと意気投合したのですが、その方は日本郵便の配達ドライバーも兼業していました。お酒も進んだころ「日本郵便の罰金がきついんだ」という話が出て、「えっ、罰金なんてあるの?」と驚きました。

元村さん:まさか居酒屋で親しくなった方がきっかけとは!ニュースって色んなところに転がっているものですね。オーナーには自分が記者であることは伝えていたのですか。
沢記者:最初は伝えていなかったんですが、罰金の具体的な内容に話が及んだ時に、これはしっかり聞く必要があると思い、「実は朝日新聞の者なんですが、少し詳しく伺ってもいいですか」と伝えました。最初は私を新聞配達員だと思ったようで「うちは新聞いらないよ」と言われてしまったのですが、「記者なんです」と伝えると、たまっていた不満をいろいろと話してくれました。
最も厳しいのはたばこの臭いに対するクレームへの罰金だそうで、配達したときに「荷物から少したばこ臭がした」とクレームが入り、実際に10万円を支払わされた人がいるとのことでした。
関東のある郵便局の違約金表(朝日新聞東京本社提供)
ドライバーから違約金をとる行為は時代に逆行
沢記者:一般的にあまり知られていないんですが、ドライバーって1件配達しても100円ちょっとしか収入にならない。不在で届けられなかった場合や時間指定のない荷物に関しては追加報酬が発生しないのに、指定時間に1分でも遅れると違約金を取られるという極めて不公平な条件です。そんな状況で10万円も罰金をとられると、その埋め合わせで1週間くらいは無給で働かないといけませんよね。「これっておかしくないか」という思いがこみ上げてきました。
当時は働き方改革の影響で物流業界のドライバー不足が問題となっていました。国を挙げてドライバーの確保や待遇改善に力を入れている時期でした。そうした中、ドライバーから違約金をとる行為は時代に逆行していると感じました。
読者に受け入れられる?日本郵便が居直ったら?——初報を出すまでの葛藤
元村さん:オーナーに話を聞いてから最初に記事で報じるまでに、さまざまな葛藤があったと聞いています。詳しく教えてください。
沢記者:まず前提として、こうした違約金を課す行為自体は違法ではありません。企業にとってはサービスの質を高めるためのルールであり、利用者の中にも「配達ミスで罰金は当然」という意識を持つ人はいると思います。
実際、日本郵便に取材したときの最初の回答は「違法ではないため問題ない」でした。また、取材を進める中で「罰金は当然」と考える人にも多く出会いました。
こうなると、私が報道しようとしているのは「道義的問題」に過ぎないと片づけられかねません。「この記事はなんだ!」と批判を浴びないか、読者から本当に共感を得られるのか、最後まで不安は拭えなかったのが正直なところです。
法に反していなくても、やはり問題がある
元村さん:確かに「朝日新聞が日本郵便に言いがかりをつけているだけだ」と捉えられる可能性もあるわけですよね。場合によっては訴訟リスクもある。それでも沢さんがこの問題を報じる決心をした理由、その背中を押したのは何だったのですか。
沢記者:私は23年間、調査報道に携わってきました。調査報道というのは違法なことだけを書くわけではありません。例えば、公募美術展「日展」の不正審査問題を報じた時は、その後新たな審査体制ができました。違法ではないことを書くことで、社会が動き、より良い法律や制度ができることも多々あります。これが調査報道の醍醐味であり、役割だと思っています。配達という社会インフラを支える人々が苦しい環境に置かれている現状に一石を投じられればとの思いでした。
取材に応じるドライバー(朝日新聞東京本社提供)
他の要因で言うと、同業他社のヤマト運輸や佐川急便では違約金は取っておらず、日本郵便特有の制度であったということ。また、委託業者のドライバーからは違約金をとる一方、日本郵便社員のドライバーについては誤配しても違約金なしというルールであったこと。こうした状況を総合的に判断して、記事を書くことを決めました。

2025年1月6日付 朝日新聞朝刊1面
読者の情報提供から「不適切点呼問題」報道に発展
元村さん:違約金問題の報道後、「不適切点呼」という更に大きなスクープにつながりました。そもそも不適切点呼とはどんな問題なのでしょうか。
沢記者:安全運行のために義務付けられたドライバーへの点呼が、全国の多くの郵便局で適切に行われていなかったという問題です。点呼では飲酒の有無や健康状態なども確認します。
「点呼」と聞くとどこか軽い印象を受けますが、日本郵便のような大企業で点呼が適切に行われないと、酔っているドライバーや体調不良でふらふらのドライバーがそのまま運転してしまい、街のあちこちで死亡事故が多発する事態につながりかねません。
元村さん:こちらは違約金問題とは異なり、明らかな違法ですよね。かなりタイプの違う話だと思いますが、どういう経緯でこの事実にたどり着いたのですか。
沢記者:朝日新聞は読者からの情報提供を受け付けています。違約金問題の初報後、たくさんの人から応援の声や追加の証言が寄せられました。その中にはドライバーだけでなく、郵便局員からの声も多くあった。つまり日本郵便の中にも、この現状をおかしいと考えている人が多かったんです。中には内部資料を提供してくれる人もいて、そこに不適切点呼に関する社内文書が含まれていました。
その文書は、ドライバーへの法定の点呼が適切に行われていない状況を日本郵便本社が把握し、社内に注意喚起する内容でした。「職場全体として点呼を軽視していた」とあり、中でも「当社事業の根幹を揺るがす由々しき事態」という非常に強い表現に目を奪われました。なにやら大変なことが日本郵便内で起こっていると直感し、郵便局関係者への取材に入りました。
日本郵便の配送車2500台が停止する事態に発展
元村さん:それにしても沢さんは記者としての鼻がよく利きますね。違約金問題では居酒屋オーナーの愚痴からニュースをつかみ、不適切点呼問題では関係資料を読みこむ中で別のスクープを発見するという。

沢記者:ありがとうございます(笑)。最初は「点呼=点検」くらいの認識だったので、単なる点検不備がなぜ社の根幹を揺るがすのか、いまいち理解できなかったのが正直なところです。でも国土交通省担当の同僚記者にこの話をすると「沢さん、それはとんでもない話ですよ!国交省に行政指導されて、全国の郵便配達の車が止まる可能性がありますよ!」とのリアクションで、ようやく事の重大さが分かってきた。
自家用車を運転する人の中には「週末ドライバー」も多いですが、輸送や配達に関わる営業ドライバーは日々、ハンドルを長時間握っています。こうした人たちがもし、飲酒運転をしたり、体調不良をおして運転したりすれば、重大な事故が起きかねない。
だから国交省は厳しく指導するし、私たち報道機関も厳しく追及しなければならない事案なんです。朝日新聞が報じると、国交省が立ち入り検査に動きました。最も重い行政処分である「事業許可の取り消し」が下り、日本郵便のトラックやバンなど約2500台が停止する事態となりました。
取材班がつかんだ内部資料によると、点呼を受けずに出発したドライバーが車内で白ワインを飲み、酩酊状態で危険運転していた事例も明らかになっています。何かがあってからでは遅いので、これを機に日本郵便のガバナンスが正されればと思っています。

2025年3月11日付 朝日新聞朝刊1面
メディアと読者のキャッチボールが生んだスクープ
沢記者:今回の一連の報道では、報道が情報提供を呼び、それがさらなる報道を生みました。日本郵便という巨大企業に、これだけ多くの「声なき声」があったことに驚きました。それをひとつひとつ丁寧に聞き、関係を構築し、報じてきたことが結果につながったんだと思います。
私たち組織ジャーナリズムの重要な役割の一つは、「埋もれている声なき声」を掘り起こすことです。業界ではこれを「調査報道」と呼びますが、事実関係を一つひとつ積み上げるには、膨大な時間とコストがかかります。どれだけ時間をかけて取材しても、証拠が十分に集まらず、記事として世に出せないケースも少なくありません。
ですが組織ジャーナリズムには、複数の記者が長期間にわたって取材を続けられるという強みがあります。その強みを生かし、リスクを負ってでも、プロの記者が声なき声をすくい上げること――それこそが、組織ジャーナリズムに求められている役割だと考えています。

(2025年10月15日、新聞大会でのトークセッションを基に構成)
◇プロフィール(肩書は当時)
沢 伸也(朝日新聞東京本社編集局編集委員)
元村 有希子(ジャーナリスト/毎日新聞社客員編集委員/同志社大学特別客員教授)
▽沢記者はじめ取材班が追及した日本郵便をめぐる一連の報道は、こちらでまとめ読みできます。
朝日新聞「郵便不正」特集
▽この記事は3回シリーズです。ほかの2本はこちらから
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「なぜかガソリンが日本一高い長野県」信濃毎日新聞・濱田記者がその謎を解くまで



