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東大医学部在学中に司法試験に合格したことで知られ、YouTubeチャンネル「Stardy -河野玄斗の神授業」でおなじみの河野玄斗さんと、「三度の飯より過去問が好き」と公言する過去問分析のプロ・後藤和浩さん(声の教育社代表)が、昨今の中学受験をテーマに対談しました。「知っているか」よりも「どう考えたか」が重視される入試を勝ち抜くカギは「新聞」にありました。日常的に新聞を読む習慣を付けることがなぜ重要なのか、その理由を深掘りします。聞き手は、教育情報メディア・リセマムの加藤紀子編集長です。
知識重視から「考えを問う」へ|過去問分析のプロ・後藤和浩さんが語る中学入試の傾向

――最近の教育や入試の変化をテーマに新聞の新しい活用法を考えていきます。まずは後藤さん、近年の入試問題の変化について教えてください。
後藤和浩さん:はい。近年の入試問題を見ると、知識中心の一問一答型から「なぜそう考えたのか」が問われる問題へとシフトしています。学習指導要領の改訂で文部科学省が「思考力・判断力・表現力」を重視する学力観を打ち出し、2021年に大学入学共通テストが新設されました。こうした「考える力」を重視する流れの中で、新聞は非常に優れた題材と言えます。
河野玄斗さん:共通テストでも、知識だけでなく、その場で資料を読み取って考える問題が出題されていますよね。
「社会の動きに目を向けている?」新聞記事からの出題は学校からのメッセージ
――入試問題に新聞記事が登場することも増えていますね。
後藤さん:例えば2025年度のドルトン東京学園中等部(東京都調布市)の入試問題では「コメをめぐる政策の歴史と生産量・消費量の推移」をテーマにした問題文に新聞記事の抜粋が使われています。減反政策に関する図を読んで思考を整理し、最終的には「食生活について考えたことを200~300字で書きなさい」というもの。小学生にはなかなかハードルの高い文字量ですが、学校側はそれだけ「自分の言葉で考えをまとめる力」を重視しているということなんですよね。
また、面白いのが海城中学(東京都新宿区)の社会の問題です。四つの新聞紙面の切り抜きを並べて「この中で1面はどれか」を答えさせる内容です。まさに「家庭で新聞を読んでいますか?」「日ごろから世の中に目を向けていますか?」というメッセージが入試問題に込められています。
河野さん:こういった問題は「新聞」を題材にしていながら、知識を問う問題ではないという点が示唆的ですよね。単に記事を読むだけでなく、日常生活の中で考える習慣をつけてほしい。そんな意図が込められています。学校や塾で習ったから解けるのではなくて、「この記事、どう思う?」「こういう意味なんじゃない?」と親子で話すような日常のやりとりの延長線上に答えがある。そう考えると、新聞を読むってただ情報を仕入れるだけではなくて、「考える習慣をもつこと」に直結します。それを普段から自然にできている子どもほど、入試で求められる力が身に付いていくんじゃないかと思います。
実際、東大入試でも単に知識があれば解けるタイプの問題はほとんど出ません。地理歴史であれば、新しく発見された史料などを示して「どんな意味をもつのか」「これまでの歴史観にどう影響するのか」といったことを自分の言葉で論述する必要がある。大事なのは「流れ」をしっかりと理解しているかどうかで、知識を覚えるだけで通用する時代ではないんですよね。
新聞で学べるのは教養だけじゃない。論理的な思考プロセスが自然と身につく
後藤さん:2025年度の森村学園中等部(横浜市)の入試問題では、新聞記事を引用しながら「逮捕とは罪を犯した人を捕まえること」という説明が正しいかどうか、弁護士のお父さんが娘に問いかけるといった形式の出題がありました。
河野さん:これは「無罪推定の原則」を題材にしているんですね。裁判で有罪とされるまでは、その人はあくまで“罪を犯した疑いのある人”にすぎない。逮捕というのは、逃げるおそれがあるから身柄を拘束するものであって、その時点では“犯罪者”ではない。
後藤さん:その通りです。この入試問題では、設問を解き進めていくと、逮捕の時点では“犯罪者”ではないという考え方を一つ一つ整理させるような構成になっているんです。最後まで解き進めると「罪を犯した人を捕まえる」と「罪を犯した疑いのある人を捕まえる」違いって何だろう?ということを、ちゃんと理解して自分の言葉で説明できるかを評価できるように作問されているんですね。私はよく「入試問題は、その学校の“0時間目の授業”だ」と話しています。
河野さん:こういう問題って、教養も身につくと同時に“論理的な思考力”も試されていると思います。罪を犯した人は逮捕される…その通りなんですが、逮捕された人が必ず罪を犯しているとは限らない。数学の「十分条件と必要条件」に似ています。こうした思考プロセスを理解するのは、子どもからしたら難しい。でも日ごろから新聞を読んで考えていれば「AならばBでも、その逆が成り立たないこともある」という理屈がスッと頭に入ると思うんです。入試問題だから、新聞だからと切り分ける必要はなくて、論理的なものの考え方というのは共通しているんですよね。
好奇心と思考力を育むには?→「知ることは面白い」と親が感じる姿を見せる

子どもの考える力を育む方法についてトークする(右から)後藤和浩さん、河野玄斗さん、加藤紀子さん=2025年10月19日、横浜市のニュースパーク(日本新聞博物館)、撮影:曳野若菜
――新聞を通じてさまざまな題材に接することで、論理的なものの見方が自然と養われるのですね。では、どうしたら子どもが新聞に興味をもってくれるのでしょうか。
河野さん:勉強も新聞を読むことも同じですが、いきなり「毎日読みなさい」と押し付けてしまうと子どもは嫌になってしまいます。まずはできることから取り組んで、気づいたらレベルアップしているのが理想です。たとえば、子どもがサッカー好きならスポーツ面から読む。最初はそれで十分です。そうやって3か月ほど経てば新聞を開くことが習慣になり、「気になる見出しだけ読んでみようかな」と、少しずつ新聞に触れる時間が増えていくと思います。
後藤さん:ポイントは、親が新聞を手に取り「なるほど、こういう考え方もあるんだ」と楽しむ姿を見せること。よく親御さんから「子どもの勉強を見るときは、自分がすべてわかっていなきゃいけないと思ってしまう」という声を聞きます。でも、それは大きな誤解です。大切なのは子どもと一緒に学び、「ああ、そうなんだ」と発見する体験を共有すること。新聞を読むときも同じで、親が「知らなかったことを知るのは面白い」と感じる姿を見せることが、子どもの好奇心や考える力を育てるいちばんの近道だと思います。
「1時間あたりの思考量」を増やす
――河野さんのご家庭では、親御さんはどのように接していたのでしょうか。
河野さん:うちは基本的に好きなことを自由にやらせてくれる家庭でした。ただ、「やるなら高品質なものをとことんやり込む」という方針は徹底していたと思います。ゲームも禁止するのではなく、大人向けのロールプレイングゲーム(RPG)を攻略本とセットで与えられていました。子どもって、攻略本を隅々まで読み込みますよね。そうやって自然と活字に触れ、漢字も覚えました。さらに、ゲームを本気で攻略しようとすれば「この敵の弱点は?」「どうすれば勝てる?」と、戦略的に考える習慣が身に付く。
結局、題材は何でも構わないんです。子どもたちはきっと、これからの人生でゲームやYouTubeに何千時間も触れることになるでしょう。だったらその時間をただの消費で終わらせず、「1時間あたりの思考量」を少しでも増やすことが大切。ただ受け身で追うのではなく、「なぜこの展開になるのか」「もっとこうしたら良くなるのでは」と頭を使って能動的に考える時間に変える。その積み重ねが「脳の筋肉を鍛える」ことにつながります。
新聞記事を1日1本、親子の会話の種に
――ゲームもYouTubeも新聞も「頭を使う材料」になるのですね。
河野さん:特に新聞には子どもと話してみると面白いトピックがたくさん。たった1日1題でも1年間続ければ365個の話題に触れられます。子どもは「やらされている」と感じるとしんどくなります。そのときは「ふーん」で終わってしまっても、後から授業などで同じ話題に触れたときに、「あのときのことだ」と気づく瞬間があります。実はこうした“再発見”の瞬間にこそ、脳が活性化し、知識として定着するんです。
後藤さん:こう話していると、あらためて新聞の力を感じますよね。私たちも過去問の解説を書くときに過去の新聞記事を確認することがあります。それは、新聞記事はたくさんの人がチェックして事実確認が徹底されている信頼性の高いメディアだからです。情報があふれ「何が正しいのか」を見極めるのは難しい時代だからこそ、新聞のように裏付けの取れた情報がきちんと載っていて、質の高い内容に触れられる媒体はとても貴重。河野さんが言われた「高品質なものに触れる」という点でも、新聞はまさにそれです。お子さんの学びを深めるきっかけとして、ぜひ新聞を役立ててほしいと思います。
※この記事は、2025年10月に開いたトークショーを基に構成しました


