アウトドア用品メーカー「モンベル」会長 辰野勇(たつの・いさむ)さん
1947年生まれ。大阪府出身。69年、スイス・アイガー北壁を当時世界最年少の21歳で登攀(とうはん)した。75年にモンベルを設立。野外教育や災害支援の分野でも活動している。
アイガー北壁の登攀記「白い蜘蛛」が人生を変えた
高校1年の国語の教科書が僕の人生を変えた。オーストリアの登山家が書いたスイス・アイガー北壁の初登攀(とうはん)記「白い蜘蛛(くも)」にハラハラドキドキ。垂直の氷の壁で雪崩に襲われ、あわや遭難という危機を乗り越えて頂上に立つ。憧れたね。日本人で初めての登頂者になりたいと。
すぐに貯金箱作りから始め、一歩ずつ目標に向かった。素晴らしいパートナーに出会えて21歳の時、当時の最年少で北壁を登り切った。それまでに60人が命を落としていた。自分でも「なんであほなことやるんやろ」と思ったことがある。
たった1行が心と化学反応するかもしれない
米国の心理学の先生の話では、命をかけて他人のしないことをする人間は全人口の0・3%という。妻で実験しながら全身麻酔を用いた手術を成功させた華岡青洲もそう。誰も入らない領域に踏み込む先駆者がいて、社会はそれまでの限界を超えていける。
皆がその0・3%になることもないが、好奇心の種は誰もが持っている。本や新聞をたくさん読まなくても、自分の心に残った文章を大切にしたらいいと思う。たった1行が心と化学反応し、人生は変わるかもしれない。
堀江謙一さんのような挑戦を応援する社会に
冒険をしてきた者として新聞に言いたい。冬山で学生が遭難したならば「無謀だ」と書くでしょ。堀江謙一さんがヨットで太平洋の単独横断に挑む時の日本の報道も批判的だった。なのに米国で喝采されると「快挙」と手のひらを返した。
若者に「失敗を恐れずにトライしろ」と言うのに、頑張ってギリギリで失敗したら袋だたき。それでは挑戦の芽を摘む。イノベーションも生まれない。挑戦を応援する社会に変えていこう。
2023年11月17日公開