“トリセツ”シリーズ・黒川伊保子さんに学ぶ!AI時代を生き抜くための3つの力の育て方

私たちの生活に急速に浸透している人工知能(AI)。技術の進歩は日進月歩で、社会の中でのAIの役割もまだ定まっていません。過渡期を生きる子どもたちに、親は何をしてあげられるのでしょうか。人工知能研究者の黒川伊保子さんに、AI社会を生きる子どもたちに必要な発想力と自己肯定感の育み方、家庭で心がけたい習慣を聞きました。AI時代に対応した人材を育成するためのキーワードは「発想力」「対話力」「問いを立てる力」。この3つの力を伸ばす親子のコミュニケーション術を紹介します。

発想力、対話力、問いを立てる力がAI時代を切り開く

ある日、資料の挿絵としてウサギとカメが握手しているイラストが必要になりました。既存のイラスト集を探しても良いものが見つからず、試しにチャットGPTに頼ってみました。「ウサギとカメが握手している絵が欲しい」と入力してみると、ほんの数秒で左端のかわいらしい絵ができあがりました。カラーのイラストは論文の挿絵には使いづらいので、「影絵のように」「ピクトグラム風に」と指示をしていくと、右端の求めていたイラストができあがりました。

この例が示すことは、発想力と対話力でイラストを描く時代が始まったということ。実際の「描く」作業はAIに任せることで効率化できるようになったのです。

こういう話をすると「じゃあイラストレーターの仕事はなくなるの?」という質問が必ず出てきますが、そうではありません。私は原稿に使う挿絵なら頭の中のイメージを指示することができますが、例えば有名ブランドの来期のイメージデザインを作るように言われたら、頭は真っ白。何も言葉が出てきません。イラストレーターは、プロならではの発想を言語化することがメインの仕事になっていくのです。

プロの仕事は「実行」から「発想」に変わっていく

つまり、これまでプロと呼ばれる人たちは“プロにしか実行できないこと”でお金をもらってきましたが、これからは“プロにしか発想できないこと”でお金をもらう時代が始まったのです。そしてそれはイラストだけではなく、データ解析、営業などその他のあらゆるタスクに当てはまります。プロの仕事が、発想してAIに言葉で指示することになってきたのです。

発想することが仕事の“核”になっても、イラストレーターはイラストを“描く”ことを止めてはいけません。これには脳科学上の理由があります。勘やインスピレーションを担当するのは小脳という場所。「こんな絵を描こう」と思って筆を手に取る時に働く部分で、言わば発想やインスピレーションの泉です。

イラストを描いたことのない人に、今まで見たことのない構図を生み出すこと、新しい作品を発想することはできません。AIは指示された発想を広げ、誰よりも早く1つの解を出してくれる相棒ですが、発想の原点は人間が決めます。私たち人間に求められるのは体験を発想に換え、自分にしかない問いを立てることです。

 

子育てのキーワード①「自己肯定感」|親が褒めると自己肯定感が上がるは誤解?

では、これからの時代に必要な「自分らしい発想」を引き出すために、親はどう振る舞えばよいのでしょうか。

鍵になるのは、自己肯定感と心理的安全性です。

多くの人は、他者から認められたり褒められたりすると自己肯定感が上がり、失敗して叱られると自己肯定感が下がると思っていますが、脳科学の観点から考えると実はそういったものではありません。自己肯定感とは、人になんと言われようと、自分を信じる気持ち。実は、自分の脳への信頼なんです。脳神経信号が起きるべき時に起きるべき場所に素早く起こり、減衰・減速せず働くと、脳は自分がうまく動いていることを自覚します。これが自分への信頼となり、自己肯定感の基盤です。

自己肯定感のよりどころを客観的評価にしてしまうと危険です。他人の目を気にして、常に減点法で自分を見ることになり、自己肯定感を喪失してしまいます。

朝日と朝ごはんで脳にエネルギーを

自己肯定感はどのように育てられるのでしょうか。大切なことは脳がスムーズに動くこと。そのためには、何より日々の生活習慣が重要になります。

まずは早起き。午前9時台までの朝の光が網膜に当たると、セロトニンというホルモンが分泌加速されます。セロトニンは脳のアクセル役。信号が起こりやすい状態をキープしてくれます。

せっかくセロトニンがアクセルを踏んでも、ガス欠だと脳は動けません。脳のエネルギー源はブドウ糖、つまり血糖です。夜中に脳を進化させている子どもたちの脳は、起き抜けはかなりの低血糖状態。朝ご飯抜きは残酷です。ただし、糖質だけの朝ごはんはもっと危険。菓子パンにジュースのような朝ご飯は血糖値を急上昇させ、結果インスリンが過剰分泌するため、急激な低血糖を引き起こします。脳神経信号が滞り、だるくても何のやる気も起こらず、挙げ句キレるという羽目に。

朝ご飯は旅館の朝ご飯のように取りそろえるとよいという脳科学者もいますが、そうもいかないですよね。そんな時、卵はとても便利です。卵は脳に必要な栄養素が全てそろっている、いわば完全脳食。かつおや煮干し、あご(とびうお)など動物性のだしで作る味噌汁もぜひ。卵や動物性のだしには、セロトニンの材料になる必須アミノ酸トリプトファンも豊富です。

 

子育てのキーワード②「心理的安全性」|安心感ある親子のおしゃべりから発想が生まれる

発想力を育てるためのもう1つのキーワードが「心理的安全性」です。心理的安全性とは、頭によぎった何でもないことをそのまましゃべれる安心感のことです。

頭ごなしに否定されると人は発言を止めますが、脳はほぼ同時に発想も止めてしまうんです。つまり、頭ごなしの会話は若い人の発想力を奪い、脳が滞るので、自己肯定感も損ねます。発想力が勝負の時代に、心理的安全性のある会話はとりわけ重要なのです。

心理的安全性を守るために実践してほしいのが相手の第一声を否定せず、共感で受けるということです。子どもの話に共感できなくても、くだらないと思ったとしても、第一声は気持ちを受け止めてください。人の話は「いいね」か「わかる」で受けると覚悟を決める。そうすれば、実際に2割くらいは子どもに対して「いいね」「わかる」と言えるはず。相手の言うことがネガティブな時は「つらかったね」「痛かったね」と相手の形容詞を反復すると良いですよ。

とはいえ、反復できない時もありますよね。私の息子が小学生の時、学校から帰ってくるなり「ママ、学校の先生ひどいんだ!」と言いました。理由を聞くと、「こんなに晴れて気持ちの良い日に、先生は宿題を3つも出したんだよ!」と言うのです。「ひどいよね」と共感できない時は、「そうかあ。そうなんだ。そんなことあるんだね」と受けてあげます。これは「気持ちは受け止めたよ。けど、事の是非は保留ね」という意味。相手にも伝わるけど大丈夫なんです。

子どもの自己肯定感が地に落ちそうになった時、最後に救ってくれるのは親の愛の言葉。「あなたが生まれた日、どんなにうれしかったかわからない」「あなたの親になれて本当に幸せだよ、ありがとう」など、愛を込めた言葉とともに子どもを人生の冒険に送り出してほしいと願っています。

社会の理不尽さはファンタジー小説が教えてくれる

私は第一声で子どもを叱ることがなかったため、周囲からよく「そんなに甘やかして大丈夫? 世の中はもっと厳しいんだよ」と言われていました。確かに、世間の悪意と理不尽を知らないまま大人になるのは心配ですが、親が叱りつけなくても、読書がそれを補ってくれます。

脳は読書体験も実体験と同様に咀嚼(そしゃく)し、脳神経回路に定着させます。特に912歳は体験を知恵やセンスに変える能力が高いゴールデンエージ。読書はおすすめです。もちろんアニメや漫画にも効果はありますが、読書は格別。なぜなら、登場人物に顔がないため、自己投影しやすいからです。ファンタジーはたいてい、主人公が世間の悪事に触れ、理不尽な目に遭い、それでも困難を克服する物語に仕立ててあります。子育てのお供に、とても有効ですよ。

 

思春期の子こそ親子の対話が大切|新聞を読んで、社会のトピックを会話の種に

人間の脳は12歳の後半から15歳頃までに、子どもの脳から大人の脳に変化が始まります。脳の仕組みが変わるため、この年代の子どもは自分の脳が正しく動いている確信が持てず、自己肯定感が地に落ちるように低下してしまいます。親との対話によって「自分は大丈夫だ」と思わせることが非常に大事なのですが、思春期の子はどうしても「自分の気持ち」を聞かれるとパニックになってしまいます。

そんな時期には、新聞を読んで親子で語り合うことをおすすめします。「アメリカの大統領選についてどう思う?」など社会の出来事を題材にすれば、思春期の子も落ち着いて考えを述べられるはず。親は子どもの意見がどんなに稚拙でも、自分の意見と違っていても、第一声は「あなたの言うことには一理ある」「あなたの感性を認める」と言ってあげてください。共感してもらうことで自分の考えは間違っていないという自信が得られ、その結果、自己肯定感がキープできるのです。

ただ、中学生になっていきなり「新聞を読め!」と言われても難しいですよね。まずは、親が新聞を読む姿を見せてあげてください。そして自然に「ねぇ、この記事なんだけど、あなたも読んでみて」と言ってみる。新聞が家の中に当たり前にある環境をつくることがまずは大事だと思います。

新聞は理系脳を育てるためにも効果的!

以前、学習塾の講師の方に聞いた話によると、中学2年頃から理系教科が格段に難しくなり、成績に伸び悩む生徒が増えるそうです。その時にその講師の方が生徒に勧めているのも、新聞を読んで親子で社会的事案について語り合うことでした。数学や物理学の独特の世界観を理解し、文脈をつかむために必要となるのが高い母語力だそうです。

新聞は1面の最も目立つ部分にその日の一番伝えたいニュースが大きな記事で載っています。さらに、ニュースのジャンルごとにページが分かれていますし、それぞれのページの記事の大きさを見ることで、ニュースの重要性もわかります。新聞記事の配置は構造化されており、毎日読むことで空間認知力が養えます。「あの話、確かこの辺りに載っていたな」と、新聞を読んでいるだけで記憶に定着していくのです。

これは、まさしく理系の問題を解く際に使う力と通じています。親子で新聞を読んで話し合う習慣をつけると、こんな場面でも効果が表れますよ。

 

株式会社感性リサーチ代表取締役 黒川伊保子(くろかわ・いほこ)さん

1959年長野県生まれ、栃木県育ち。83年奈良女子大学理学部物理学科卒。ヒトと人工知能の対話研究の立場からコミュニケーション・サイエンスの新領域を開いた感性研究の第一人者。脳の気分を読み解くスペシャリスト(感性アナリスト)。コンピュータメーカーでAI開発に携わり、男女の感性の違いやことばの発音が脳にもたらす効果に気づき、コミュニケーション・サイエンスの新領域を開く。2003年感性リサーチを設立。脳科学の知見をマーケティングに生かすコンサルタントとして現在に至る。人間関係のイライラやモヤモヤに〝目からウロコ〟の解決策をもたらす著作も多く、「妻のトリセツ」(講談社+α新書、18年)をはじめとするトリセツシリーズは累計で100万部を超える。