撮影=鍵岡龍門
ノンフィクション作家 川内有緒(かわうち・ありお) さん
1972年生まれ。東京都出身。米国企業、日本のシンクタンク、仏のユネスコ本部などに勤務し、国際協力分野で12年間働く。2010年以降は東京を拠点に評伝、旅行記、エッセーなどを執筆。著作に「目の見えない白鳥さんとアートを見にいく」、「バウルを探して」、「空をゆく巨人」(開高健ノンフィクション賞受賞)ほか。
ワシントン・ポストを熟読していた米国時代
米ワシントンのコンサルタント会社で働いていた20代の頃、よく外でコーヒーを飲みながらワシントン・ポスト紙を読んだ。道端に新聞の入った箱があって、1ドル25セントを入れて中から取り出す。日曜版ともなると50ページもある。30分、1時間をかけてずっと目を通した。
一つのニュースで何ページにもわたる記事もあり、理解が深まった。署名記事も多い。記者が責任を持って書いているので、読む方も気持ちがいい。好きだった文化面では、展覧会の出展者や作品の背景などがたっぷり書かれていた。そうした物事の掘り下げは、芸術や文化を題材にすることが多い私の執筆にも影響を与えている。
日本で暮らす今は地元紙と経済紙を定期購読している。毎日、これだけの情報がアップデートされる媒体は新聞以外にない。地域面にはネットやテレビが取り上げないような魅力的な人が紹介されている。最近の記事では、国境や性別を超えた「愛」を描く企画が面白かった。
客観性の担保も、主観も大事
新聞と本では違うと思うが、私は1冊の本を書くために同じ相手に50回話を聞くこともある。原稿は、客観性の担保が大事な一方、自分というフィルターを通して書く以上、主観も大事。一つのものを信じ過ぎず、取材を重ねることが主観を支えると思う。
日本の新聞には、取材した事実に対し、記者や新聞社の考えをはっきり示すことを求めたい。事件や政治家のおかしな発言などがあると「識者が指摘している」「海外メディアで批判が相次ぐ」という記事が目立つ。中立を装い、お茶を濁しているように感じる。新聞は世の中を健全化させる存在なので、期待している。
2022年4月28日公開