SNSの普及も相まって、何かと周囲と比べがちな現代。SNSで見かける友人の輝かしい姿や職場で活躍する同僚を見ては、「もっと自分らしく活躍できる場所がある気がする」「自分も大きなことを成し遂げられるよう頑張らないと…」 と悩み、焦ることもありますよね。そんな時、まずは「自己実現」について考えてみませんか。
「LIFE WORK DESIGN 人生100年時代を味方につける 自分だけの仕事の見つけ方」(プレジデント社、2023年)の著者である岡本祥治さんは、自己実現を考えるにあたって「社会に与える影響の大小で他の人と比べる必要はない」と言います。自分らしいキャリアを描くヒントを教えてもらいました。
目次
「自己実現」ってどんな状態?|よくある誤解と本来の意味
みらいワークス代表取締役社長・岡本祥治さん
―― 「自己実現」とはどのような状態を指すのでしょうか。
自己実現とは、人生をかけて成し遂げたいことを実現することです。日々の生活の糧や家族の生活のためにお金を稼ぐのではなく、夢や自分の好きなことなど、心から取り組みたいと願う生きがいを見つけ、実践している状態とも言えます。
多くの人は「自己実現」について「大企業で出世し、高い地位や年収を手に入れる」「ワーク・ライフ・バランスが整った生活をしている」などのイメージを思い浮かべるのではないでしょうか。しかし、これはやや誤解です。
マズローの自己実現欲求は「社会にプラスの影響を与えたい」という思い
心理学者のアブラハム・マズローは、人間の欲求を5つの階層に分け、「自己実現欲求」を最上位に据えました。先ほど「誤解」と言った高い地位や年収を得たいというのは、4つ目の「承認欲求」を満たすに留まります。それより高次の「自己実現欲求」とは、自分が何かを成し遂げることで、社会にプラスのインパクトを与えようとしている状態を指します。
インパクトの大小で他の人と比べる必要はありません。社会全体に大きな影響を与えたい人もいれば、目の前の人を幸せにしたい人もいます。自分にとって大切な価値観を明確にすることが大切です。
自己分析を基に柔軟なキャリア選択を
―― 自己実現を果たしている人には、どのような特徴がありますか。
自己実現を果たしている人は、常に危機感や成長意欲を持っています。また、起業、フリーランス、副業など多様な働き方を知っている傾向があります。実際、起業家やフリーランスとして独立した人は、同様の働き方をする親族や友人がいることが多いです。リアルな体験談を聞くことで現実味が増します。自己実現を果たしている人は、自分自身を客観的に理解した上で、多様な選択肢の中から今の働き方を自ら選んだという感覚を持っている人が多いです。
主体的に自分のキャリアを作る|企業・フリー・副業など働き方は多様化
これまでの日本は、終身雇用が前提でした。しかし、変化が激しい現代は、これまでのように企業が安定した地位や収入を定年まで保証し続けることは難しいでしょう。さらに「人生100年時代」と言われる中、80歳まで働き続ける可能性も十分あります。
生涯現役である以上、ライフステージや環境、自身の価値観の変化に応じて、主体的にキャリアを築く意識が求められます。いつでも柔軟な選択ができるよう、自分が社会に対して提供できる価値を認識する必要があります。
自己分析の習慣|自分の価値観や特性を理解する
そのためには、自己分析をして、これまでの経験や自らの価値観を掘り下げる習慣を身につけることが必要です。
仕事を通じて得た経験や感じたことを振り返り、自分の価値観を整理する習慣を持っている人は、これから何をしたいかも明確です。同時に、自分のプラス面・マイナス面を理解することも大切だと言えます。自分の価値観や今後のビジョンが明確になっていれば、例えば一般的にマイナスに評価される飽きっぽさを好奇心旺盛とも捉え直せますよね。
「やりたいこと」が明確になり、チャンスをつかみやすくなる
―― 自己実現を意識してキャリアを形成するメリットを教えてください。
自己分析は定期的に繰り返すことで、目標や理想の自分像が明確になります。やるべきことや自分の特性も理解できているため、迷わずに決断でき、ベストな選択ができます。
さらに、自己分析で明確になった人生の目的は、自分の経験と密接に結びついています。そのため、周囲に伝える際に言語化しやすく、説得力も増します。
私は47都道府県を巡る中で「日本を元気にする仕事を創出したい!」という思いが強くなり起業しました。それから試行錯誤を繰り返し今の事業を形にしてきました。その過程で、実現したいことを周りの人に伝え続けたことで、思わぬチャンスが舞い込み、事業として広がったこともあります。
「ライフ」「ライスワーク」「ライフワーク」の観点から、変化に強い「3Dキャリア」を形成できる
働き方を自由に選ぶという価値観が一般的になったことは、「変化に強いキャリア」を形成するという点でも大きなメリットです。
これまでは「ライフ(仕事以外の私生活)」と「ワーク(仕事)」の2軸で自分の生活を考えることが一般的でした。自己実現的なキャリア形成では、仕事をさらに「ライスワーク(生活資金を稼ぐための仕事)」と「ライフワーク(やりがいや生きがいを追求する仕事)」に分けて考えます。
具体的には、生活資金を稼ぐためにITエンジニアとして企業で働きながら、仲間が集まれる場づくりをするために副業でカフェを経営する場合、ITエンジニアとしての仕事は「ライスワーク」であり、カフェ経営の副業は「ライフワーク」です。
社会人として経験を積む中で、価値観が変わる、やりたいことが増えることもあるでしょう。新しいキャリアの方向性が会社のビジョンと異なる場合、選択肢が限られてしまい、実現が難しいこともよくあります。
仮に、営業の仕事で日本各地を訪れる中で地方の魅力に魅了され、それを伝える仕事をしたいと思った場合、今の職場でそれを実現できなければ、転職を考える動機になり得ます。ただ、家族がいて生活の拠点を移せない、いきなり仕事を変えるリスクを負えないなど、転職ができない可能性もありますよね。
そこで、仕事を2軸に分けて考えることで、今の仕事は「ライスワーク」として続けながら、空いた時間に副業や起業で地域の魅力を伝える活動に「ライフワーク」として取り組むことも可能です。その結果、生活の安定とともにやりがいや生きがいも満たせるバランスの取れた働き方ができます。
このように「3Dキャリア」の考え方を意識すると、「ライフ」「ライスワーク」「ライフワーク」の3軸を自由自在に調整でき、さまざまな変化に適応できるようになります。
「ライフワーク」と「ライスワーク」を一致させれば人生の満足感は高まる
特に、30代以降はライフステージの変化に伴い、「ライスワーク」の重要性が増すとともに、「ライフ」の優先度も高まります。ここで「ライフワーク」を完全に諦めるのではなく、自らの価値観に合わせて優先度合いを考えることにより3Dキャリアのバランスをとることができるんです。実際、地方へ移住して、子育てに良い環境や家族との時間「ライフ」を大切にしながら、「ライスワーク」であるコンサルティングの仕事と「ライフワーク」である書籍の執筆活動を両立させている人もいます。
最終的に「ライスワーク」と「ライフワーク」が一致する働き方を見つけられると、より自分らしい生き方を歩め、仕事にも前向きに取り組めます。今の職場で働き続けても、転職や起業を選んだとしても、「自ら選んだ働き方」という気持ちが持てると、自分の人生に対する満足感も高まるでしょう。
まだ「ライフワーク」に取り組めていない人も焦る必要はありません。やりたいことが見つかったら、まずはボランティアや社会人インターンから始めてみる、実際に取り組んでいる人の話を聞いてみるなど、小さなことからチャレンジしましょう。一歩踏み出した時の新しい出合いから、より満足感の高いキャリアや働き方を実現する上でのヒントが得られるはずです。
自己実現的なキャリア形成に役立つ自己分析
―― 自己実現的なキャリアを形成するためには、どのような点を意識すべきでしょうか。
まずは、自己分析を通して自分の価値観や特性を知ることが大切です。ノートやデジタルメモ帳を使うなど、方法は問いません。手を動かすことで考えが整理されるため、私自身はノートに書き出す方法で取り組んでいます。
自己分析では、感情が揺れた過去の出来事を掘り下げる
自己分析では、特に過去の経験を掘り下げることが重要です。今の考え方や行動特性は過去の経験によって作られます。例えば、自分に逃げ癖があることに気づいたら、そのきっかけや原因を自問自答すると良いでしょう。
他にも、感情が大きく揺れた出来事は、新しい価値観に気づく良いきっかけになります。プラスの感情とマイナスの感情、どちらに着目しても構いません。例えば、仕事でイライラした時に「なぜこんなにイライラするのだろう?」とあらためて考えることで、自分が大切にしている価値観に気づくことがあります。
自責思考で、選択に影響した価値観や特性を知る
自己分析の前段階として、常に自責思考で物事と向き合う姿勢が必要です。自責思考とは、物事の結果が自分の意識や行動に起因すると捉える考え方です。
うまくいかない時、環境や周囲の人のせいにすることは簡単です。でも、他者ではなく「なぜこの選択をしたのか」「選択に影響した価値観や特性は何か」と自分の内面にフォーカスすると、自分を深く理解するチャンスになるんですね。さらに「どうすればよかったのか」と改善点を探ることで、次に生かせる学びが得られ、成長につながります。
社会への不満に対しても同じです。誰かが現状を変えてくれることを期待するのではなく、自分から働き掛けるからこそ、目標に向けて行動を積み重ねられます。
失敗・回り道を恐れない経験が自分の哲学を作り上げる
とはいえ、振り返れる経験が少ないと、自己分析が思うように進みづらいと思います。
こうした人は、まずは経験を重ねることが大切です。経験を積み重ねた後に過去を振り返ると、新しい学びがあるはずです。少しずつ自分の価値観が見えてきて、自分の哲学ができあがります。
プライドは捨てて、失敗や回り道を恐れずにチャレンジしてほしいですね。つい目標に最短でたどり着こうとしがちですが、無駄だと思った経験から得られるスキルや知見もあります。そのためには「思い通りにいかないからこそ面白い」と考え、自責思考で積極的に経験を積み、自分なりの理論を築いていくことが大切です。
仕事を問わず生かせるポータブルスキルに照らして強みや足りない要素を知る
自己実現を果たすためには、スキルも必要です。特に、業界や会社、職種を問わず通用するポータブルスキルを磨くことが大切です。厚生労働省は、ポータブルスキルを「仕事のし方」と「人との関わり方」の2つに分けています。「仕事のし方」は課題発見や課題解決に関わる要素、「人との関わり方」はマネジメントや対人関係に関わる要素で構成されています。この中で自分が得意とするスキルは何か。まだまだ鍛える必要があるスキルは何か。これを考えることも立派な自己分析です。
どのスキルも重要ですが、早いうちに「人との関わり方」の基盤であるコミュニケーションスキルを磨くと良いでしょう。仕事は1人で進められるものではなく、価値観や立場の異なる人たちと協力しながら進めることが必要不可欠です。他のスキルに長けていても、周囲と良い関係を築く力がなければ成果が出ないだけでなく、仕事のやりがいや面白さも感じにくいでしょう。
学びのチャンスは常に目の前に|本や新聞も学びのツール
スキルを身につけるためには、自らアンテナを立て、主体的に行動する心がけが大切です。
どのような環境にも学びのチャンスはありますが、自発的でなければ、自分のものにできません。チャンスを待つのではなく、「いまの環境で挑戦できること、得られることは何か」「周囲の人から学べることはないだろうか」と自らアンテナを立て、行動を重ねることで成長につながります。
努力して得た知識やスキルが仕事や日常生活で役に立つ実感があると、もっと学びたくなりませんか。自然とスキルアップに意欲的に励むようになり、学ぶことが習慣化します。
学びには本や新聞を積極的に活用すると良いでしょう。本や新聞は、必要な情報は何かと能動的に考えながら読むため、知識として定着しやすいです。さらに、書かれている情報を日常でいかに生かすかを考えながら読むと、行動としてアウトプットしやすくなり、学びの成功体験を得ることにつながります。
興味関心に気づく見出しの斜め読み
―― 学びの成功体験を得るには、本や新聞を積極的に活用することが重要とのことでした。自己実現を果たす上で、新聞を読むメリットを教えてください。
自分の興味関心のアンテナがどこにあるのかを知る上で役立ちます。新聞は情報の網羅性が高く、紙面をながめるだけでさまざまな情報が目に入ります。新聞を広げると大きな文字で書かれた「見出し」が浮かび上がって見えますよね。その中で興味のある記事には自然と目が引かれるはずです。日常的に新聞を読み続けていると、自分が何に興味関心や問題意識を持っているかがわかり、自己分析が深まります。
まずは毎日見出しだけざっと眺めるところから始めましょう。慣れてきたら、それぞれの記事を斜め読みし、気になった記事や仕事に関わる業界についての記事を深く読み込みます。重要度の高い情報が前に来て、後ろに行くほど重要度が下がるという新聞記事の構成を理解しておくと、斜め読みがしやすいかもしれません。
同時に、多岐にわたる分野に触れることで、好奇心が刺激され、新たな興味関心のアンテナが立つきっかけにもなります。日常生活や仕事でもそれに関わる情報を主体的に探すようになると、得られる学びの数と質が大きく変わるでしょう。
私自身、20代の頃と比べて視野が広がった今の方が、興味関心のアンテナがいろいろなところに立つようになっています。コンサルタントとして幅広い業界のプロジェクトに携わった経験から、どのようなビジネス領域の話題でも関心を持って聞けるようになりました。さらに、日本や世界各地を旅することで、訪れた土地に関わるトピックにも自然と関心が湧くようになりました。1つの出合いから得られる学びが大きくなったと感じています。
客観的な視点で物事を考える習慣が身につく
―― 他にも、新聞が役に立つポイントはありますか。
客観的な視点で物事を考えるトレーニングにもなります。
どんなトピックも、それに関わる人や組織は複数あり、立場によって見方や意見も変わります。新聞に載っている記事がどの視点から書かれているのかを意識しながら読み、別の立場からも考えるようにすると、物事を多角的かつ客観的な視点から見られるようになります。先入観に捉われることも少なくなるでしょう。
自己分析は、周囲からのフィードバックがきっかけになることもあります。客観的な視点を持つことは、先入観や偏りなしに周囲の助言を受け入れられていない自分に気づく、大切な学びとなります。
新聞で得た情報で周囲とコミュニケーションする
新聞で手に入れた情報を話題に、周囲と積極的に会話するようにすると、コミュニケーションスキルの向上につながります。見出しから得た情報でも、会話の糸口には十分です。新聞を読んでいることが相手に伝わると、主体的に情報収集できる人という印象を持たれ、ビジネスパートナーとしての信頼を勝ち取れやすい傾向にあります。取引先との間でも「新聞にこんな記事が載っていましたね」と会話のきっかけを作り、気になるポイントを直接質問するとより深い会話につながりやすいです。
自己実現に向けて、今日できることから始めよう!
自己実現的なキャリアとその形成方法について、人事の専門家である岡本祥治さんに教えてもらいました。「人生100年時代」では、自分のキャリアを主体的に作る意識が不可欠です。そのためには、日頃から多様な働き方を意識しながら、自己実現に向けた行動を積み重ねる必要があります。
自己実現的なキャリア形成では「自分の価値観や特性を理解する」「自己実現に必要なスキルを身につける」の2つがポイントです。自分を深く理解するためには、経験を増やし、自責思考による自己分析を習慣化することが必要です。必要なスキルを身につける上では、ポータブルスキルの習得を意識し、主体的に学ぶことが大切です。新聞を斜め読みすることで、自分の関心がある分野に気づくことができます。ビジネスに役立つ知識の肥やしを増やすこともできます。
社会人生活でのすべての経験が人生の貴重な糧になります。失敗を恐れずにチャレンジしながら、自分らしいキャリアを築いていきましょう。
岡本 祥治(おかもと・ながはる)さん
株式会社みらいワークス代表取締役社長
1976年神奈川県生まれ。慶應義塾大学理工学部卒。コンサルティング企業「アクセンチュア」、ベンチャー企業を経て、2012年、プロフェッショナルに特化した人材サービスとソリューションサービスを展開する「みらいワークス」を設立。17年に東証マザーズ(現・東証グロース)上場。趣味は読書、ゴルフ、旅行(日本47都道府県・海外103か国渡航)。47都道府県を旅する過程で「日本を元気にしたい」という思いが強くなり、起業を決意した。
2024年7月25日公開
※インタビュー中のトピックは取材時のものです