「人生100年時代」と言われる現代社会。そんな社会を生き抜く上で、特に重視されているのが「社会人基礎力」です。
「社会人基礎力とは、生きる力そのものを指します」。こう語ったのは、拓殖大学商学部教授の長尾素子さん。長尾さんが代表理事を務める社会人基礎力協議会は、社会人基礎力に関する啓発活動の一つとして、大学生向けに「人生100年時代の社会人基礎力育成グランプリ」を定期的に開催しています。
今回はそんな長尾さんに、社会人基礎力が昨今重要視されるようになった背景をはじめ、大学生や若手社会人が社会人基礎力を効果的に鍛えるための方法についてお聞きします。その一つの方法として、社会人基礎力の向上に役立つ新聞の活用術についても詳しく語ってもらいました。
社会人基礎力協議会代表理事 長尾素子さん
目次
大学生・若手社会人が知っておきたい「社会人基礎力」とは何か?
ーー 社会人基礎力とは何ですか?
社会人基礎力とは、2006年に経済産業省が提唱した「職場や地域社会で、多様な人々と仕事をしていくために必要な基礎的な力」のことを指します。端的に定義すると、生きる力そのものを意味します。
特に働き方の多様化が進む現代社会において、キャリアを自ら開いていくために必要不可欠な能力とされています。
社会人基礎力の「基礎」の語源について考えると、英語の「”basic” ベーシック(=基本的、初歩的)」ではなく「”fundamental” ファンダメンタル(=根本的、基盤)」が該当します。
社会人基礎力は、スキルというより社会に貢献していくためのマインドセットにあたります。これをパソコンやスマホで置き換えると、マインドにあたる社会人基礎力はOS(=操作システム)、スキルにあたる語学力や専門知識などはアプリケーションソフトに例えられます。
どれだけ優れたアプリケーションソフトがあっても、OSが作動しないと十分に機能しないのと同じように、その人がどれだけ優れたスキルを持っていたとしても、マインドがしっかりしていないと、その魅力を十分に発揮できないでしょう。宝の持ち腐れになってしまいますね。
社会人基礎力はなぜ必要で、その具体的な内容とは?
ーー 社会人基礎力が重要視されている背景について教えてください。
現代社会は、将来の予測を立てにくい「VUCA(ブーカ)」の時代と言われています。昨今の世界的規模で起きる感染症や自然災害、国家間の情勢悪化、AI技術の進化、多様化の推進などにより、世の中は目まぐるしく変化しています。そんな時代に生きる私たちは、近い将来の予測さえ難しく感じることでしょう。
VUCAとは、Volatility(=変動性)・Uncertainty(=不確実性)・Complexity(=複雑性)・ Ambiguity(=曖昧性)の頭文字をとったもので、昨今の世界情勢を表す言葉として使われているんですよ。
世界情勢が目まぐるしく変わる「VUCA」の時代
変化の多い時代だからこそ、従来の価値観や常識だけでは通用しません。一人ひとりが課題意識を持ち、他人と上手に関わりながら自分自身のキャリアを構築していく主体性ある行動が求められています。これらの力は、社会人基礎力の一つの側面です。
企業の採用現場においても、人材の評価軸で「主体性ある行動力」や「コミュニケーション能力」の高さが注目されています。ひと昔前までは、「誠実性」や「協調性」が最重視されていたことを考えると、おもしろい結果ですよね。
ーー 年齢を問わず、将来的にも社会人基礎力を磨いておくべきでしょうか。
「人生100年時代」と言われる日本で生活を送るためには、退職後も自立しながら、社会とのつながりを維持させていく必要があります。
現在の政策では、社会人教育や大人の学び直しのことを意味する「リスキリング」や「リカレント」という言葉がよく使われ、国として人的資本への投資に力を入れています。年齢を問わず、社会の変化に適応させる力を磨き続けることが重視されているということです。
仮に、定年後に年金をもらうだけで何もせずに暮らす、それだけの人生が十分に幸せなのかと言われると、きっとそうではないはず。人が幸せを感じる瞬間というのは、誰かに感謝されている、ひいては社会のために貢献できていると実感したときです。
だからこそ、学生も、社会人も、老後を送る人たちも、年齢を問わず社会とのつながりを大切にしながら、自分のキャリアを切り開いていく力が求められているんです。
このように社会人基礎力を磨いていくことは、個々の学びの姿勢を示す一つの指標となり、結果的に、その人自身の人生の満足度を向上させる秘訣(ひけつ)とも言えるんですよ。
経済産業省が提唱している社会人基礎力の内容
ーー 経済産業省が定義した社会人基礎力について詳しく教えてください。
社会人基礎力には、企業、組織、社会と関わり合いながら、生涯を通して活躍するための能力が細かに定義されています。
06年当初の「社会人基礎力」は、3つの能力と12の能力要素で構成されていました。18年には、さらに「3つの視点」が追加され、「人生100年時代の社会人基礎力」として再定義されています。
社会人基礎力を構成する12の能力要素と3つの視点
社会人基礎力を構成する能力・要素が相互に関係している
3つの能力とは「前に踏み出す力(アクション)」「考え抜く力(シンキング)」「チームで働く力(チームワーク)」を指します。12の能力要素は、3つの能力をそれぞれ要素に分けたものです。
例えば、「前に踏み出す力(アクション)」の能力要素は「主体性(物事に進んで取り組む力)」「働きかけ力(他人に働きかけ巻き込む力)」「実行力(目的を設定し確実に行動する力)」と規定されています。
3つの視点は「どう活躍するか(目的)」「何を学ぶか(学び)」「どのように学ぶか(組み合わせ)」で構成され、前述した3つの能力を発揮するための基礎となります。
《3つの視点》
・何を学ぶか(学び):常に自身に必要なスキルを主体的に考え、学び続けること。専門領域に関する知識はもちろん、基盤となる社会人基礎力や自らキャリアを切り拓くマインドセットも含まれる。自身の強みを生かし、弱みを補いながら能力を発揮するうえで必要とされる。
・どのように学ぶか(統合):目的の実現に向けて常に視野を広げ、これまで自身が培ってきたさまざまな経験・能力や周りの人々が得意なものを組み合わせること。多様な人たちと協力しながら新しい価値を生み出すために必要とされる。
・どう活躍するか(目的):自己実現や社会貢献に向けて、一歩踏み出して行動すること。自らのあるべき姿や目指す世界の実現に向けて、組織の内外で主体的に行動を起こすために必要とされる。
ーー3つの視点はVUCA時代にどう役立ちますか。
VUCA時代においては、個々人が主体的にキャリアを切り開きながら生き抜いていくことが強く求められます。
その際、これら3つの視点を常に意識しながら、自身の強みと課題を客観的に分析し、3つの能力と12の能力要素を高めるための行動を積み重ねていくことが重要です。
社会人基礎力の簡易診断
ーー 個々の社会人基礎力を測るための診断ツールはありますか。
社会人基礎力は、診断ツールを使えば可視化することが可能です。
今回、協議会が監修したオリジナル版の「1分でできる!社会人基礎力簡易診断」をご紹介します。この簡易診断では、社会人基礎力を構成する3つの能力を診断するための問題が用意されています。
9つの問題すべてに回答すると、診断結果がもらえ、今後の課題に関するアドバイスが表示されます。
注意点として、診断結果を他人と比べることで、現状の結果に一喜一憂する必要はありません。あくまで自己理解を深めていくための一つの指標として使っていただけたらと思います。
自分自身の強みと弱みをしっかり把握して、成長課題の設定や就職活動の対策などに役立ててみてください。
大学生・若手社会人が社会人基礎力を効果的に鍛えていくためにおさえておきたいポイント
ーー 社会人基礎力を磨くうえで大切なことはありますか。
社会人基礎力は、その人自身の経験の中で発揮されていくものです。知識で覚えるよりも、周りの人と関わりながら習得していくものだと思うんです。
特に重要だと思うのは、最後までやり抜く意識を持つことです。社会に出ると、どんなことにも壁はつきものです。その壁を一つずつ乗り越える経験をしてほしいと思います。
例えば、仕事の内容が自分に合わない、上司や同僚と上手く付き合えない、といった理由で、転職を繰り返す人は珍しくありませんね。病気になるまで無理をする必要はありませんが、一度逃げ出すクセがつくと、ストレスへの耐性が身に付かなくなり、結果的にその人のためにならなくなると思うんですよね。
「できない理由を探すよりも、どうやったらできるようになるのかを考えてほしい」。日頃、私が学生たちに伝えているメッセージです。
小さな壁からでいいので、何かにぶつかったら諦めずに乗り越えてほしい、そうすれば大きな壁にぶつかってもきっと乗り越えられます。こういった経験こそが、社会人基礎力を鍛えることにつながります。
大学生・若手社会人が社会人基礎力を鍛えるためのおすすめの方法とは?
ーー 大学生や若手社会人でも実践しやすい鍛え方があれば教えてください。
サークルやボランティア活動、大学でのイベントなど、規模の大きさは気にせず、まずは何かの活動に参加してみてほしいです。年齢・性別などの垣根を越えて、多様なバックグラウンドを持つ人たちと関われるとなお良いですね。
日頃から実践できる方法として、ほめる習慣を身に付けることも非常に大切です。人や物の良い点を探し出して言語化するのは、視点を変えながら俯瞰(ふかん)して考え抜く力が鍛えられます。ポジティブな視点で考え抜く力が身に付くと、苦しいときでも前向きにやり抜く姿勢を維持できます。
私の大学のゼミでは、ほめる習慣のトレーニングとして、学生みんなでテーブルを囲み、あらかじめ用意しておいた対象物の良いところを瞬間的に一つ挙げてから、次の人に順番に回していくゲームを取り入れています。これが意外と難しく、ゲーム感覚で楽しくできるので、良い訓練になっていると思います。
正しい情報収集の習慣を身に付けることも大切です。新聞やテレビ、ネットニュースなどで最新の時事ネタをキャッチアップしておくと就活にも役立つと言われています。その中でも、新聞での情報収集を早い段階から習慣化しておくようにアドバイスしているんですよ。
「新聞を読む」ことで社会人基礎力の向上にどれほど期待できるのか?
ーー 新聞を読むことは、社会人基礎力の向上にどんなつながりがありますか。
新聞を読むことは、社会人基礎力の能力の一つを構成する「考え抜く力(シンキング)」を向上させます。新聞は立場の違う人たちが、それぞれの視点で捉えた事象を伝えています。その文章を読み解くことで、さまざまな角度から物事を考えられるようになります。
また、この「考え抜く力(シンキング)」は、社会人基礎力を構成する他の2つの能力を身に付けるベースとなるため、社会人基礎力を総合的に向上させることにもつながります。考え抜いたことは、やがて形にしようとするので「前に踏み出す力(アクション)」につながり、形にするために他人と関わりながら対話を重ねようとするので「チームで働く力(チームワーク)」が鍛えられます。
新聞を読む習慣を身に付けることで、まさに社会人基礎力の基盤が整えられます。年齢に問わず誰もが始めやすい、とても大切な習慣だと思います。
新聞をより効果的に読む方法や気を付けたいポイント
ーー 新聞を読む際に、効果的に読む方法や気を付けるべきポイントがあれば教えてください。
学生たちには、授業の前に必ず新聞を開いて、各ページの見出しだけでも毎朝チェックする習慣を身に付けるよう勧めています。見出しには、記事の概要が簡潔にまとめられているので、内容を簡単につかめます。その後、時間があるときに、興味がある箇所からじっくり目を通すことで、効率的に新聞を読み進めることができます。
同じ話題でも新聞によって多様な見方があります。切り口や取り上げ方が異なるので、複数の新聞に目を通すことも勧めています。新聞や記者によって伝え方が変わるため、見解の違いを分析できるようになると、社会人基礎力の要素である「情況把握力」と「課題発見力」の向上につながります。
新聞を読む上で気を付けたいポイントとしては、「新聞に書かれていることを自分なりに咀嚼(そしゃく)する」ということです。どの記事も、必ず誰かの目を通して書かれており、一つの見方を示しています。記事がどのような視点で書かれているかを理解し「これを読むことで、自分はどう考えるだろうか。その結果、どんな行動を取るべきだろうか」と、自問自答しながら読み進めると良いでしょう。
新聞を効果的に読む方法まとめ
年齢を問わず身に付けるべき社会人基礎力
今回は長尾さんに「社会人基礎力」の具体的な内容、必要とされる背景、効果的な鍛え方についてお聞きしました。
人生100年時代とされる現代社会において、時代の変化に柔軟に対応しながら主体的にキャリアを切り開くために、社会人基礎力が必要不可欠だと語る長尾さん。その中でも「考え抜く力(シンキング)」の向上は社会人基礎力の土台となります。効果的に鍛える方法も教えてもらいました。
その一つが、新聞を読むことです。多角的な視点を持ちながら、新しいアイデアを生み出す原動力になります。これから就活をはじめる大学生はもちろんのこと、年齢を問わずあらゆる世代の人たちが社会人基礎力を身に付ける良い機会となるでしょう。
長尾素子(ながお・もとこ)さん
一般社団法人社会人基礎力協議会代表理事/拓殖大学商学部教授
外資系銀行で輸出入業務に携わったのち現職。専門は異文化コミュニケーション。株式会社TOKYO GLOBAL GATEWAY(東京都英語村)取締役COOを兼務し、グローバル人材育成にも関わる。2013年に「社会人基礎力協議会」を発足。社会人基礎力研修・プログラム開発および実施を通して社会人基礎力の普及に取り組んでいる。
2023年3月9日公開
2023年4月3日更新
※インタビュー中のトピックは取材時のものです